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下町のエース 逝く
 今日は、タイガースを離れて、悲報がひとつ。
 成田 文男さんが亡くなった。

 若い人は知らないだろうが、今の千葉ロッテマリーンズが、かって東京オリオンズと呼ばれていた頃のエース。
 肝不全の為、64歳の早すぎる死だった。

 まだ寅吉が東京の下町の浅草に住んでいる頃、成田投手は今でこそ東京の強豪校となった修徳高校を甲子園に導いた後、当時下町の南千住の東京スタジアムを本拠地にする東京オリオンズに入団した。
 こうして「下町のエース」と呼ばれるピッチャーが誕生した。

 オリオンズでは、2度の最多勝、1度の奪三振王を獲るなど、当時木樽、小山と3本柱を形成し優勝、その後もカネやんロッテ時代の日本一にも貢献した。
 切れ味鋭いスライダーと気っぷのいいピッチングスタイル。
 外見がジョージ・チャキリス(ウエスト・サイド・ストーリー見た人は知っているよね。)を思わせる容姿と、お洒落な選手でもあった。

 昔、東京スタジアムの外野席は小学生が無料だった。
 野球に興味を持ち出した寅吉は、よくチャリンコで通ったものだ。駐輪代数十円でプロ野球観戦ができたんだから安い物だった。
 当時の閑古鳥がなくパリーグの試合でも、東京スタジアムのライトは眩しく、憧れの世界だった。
 その中で、颯爽と投げる成田投手に、寅吉は曵かれていた。
 当時、江夏・田淵の次に好きな選手だったかも知れない。

 それは、後楽園球場にオールスター戦を見に行った時。
 試合前の練習を終えて、ベンチに戻る成田投手に声をかけた。
 「成田さ〜ん、がんばってくださ〜い!」
 その時、この寅吉に向かって成田投手がボールを投げてくれた。
 それを拾うと、「これにサイン下さい!」ってネットに駆け寄り叫んだ。
 成田投手は、ボールえお受け取るとベンチに入りペンを借りて、スラスラとサインを書いた。
 「ロッテ オリオンズ 成田 文男 46」
 寅吉が、はじめて自分でもらったサインだ。すっごく、輝いて見えた。
 
 その成田さんが亡くなった。
 寅吉の心の中の「下町のエース」。
 合掌。
書いた人 房 寅吉 | プロ野球 | comments(0) | - |

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